このウインドウを閉じる

Look before you leap.

 
 システム・エンジニアは、いかにして、業務を記述できるのか。

 業務を記述する作図作法 (DFDやER手法やUML) を知っていても、業務を記述できる訳ではない。業務を記述するためには、当然ながら、「反・コンピュータ的断章」のなかで、先に述べてきた (会計学・生産管理・経営学・マーケティングなどの) 「通論」の体系および基礎知識を習得していることが前提である。そういう知識がないというのは、論外である。

 「通論」の知識を習得していたとしても、業務を記述することは、きわめて、むずかしい。そのむずかしさを理解してもらうために、以下の事態を例にする。

 (1) 受注形態には、以下の2つがある。
    - ウェッブ上の受注
    - ウェッブを使っていない受注 (電話受付、郵便受付や訪問セールスなど)
    ウェッブ以外の受注を、以下の記述のなかでは、「通常受注」ということにする。
 (2) 通常受注は、商品を出荷したあとで、請求する。
    ウェッブ受注は、画面上、クレジット・カードを使った決済とする。

 さて、受注と請求に関する業務を記述する際、以下のいずれの「構造」が正しいのか。

 (1) 受注には、通常受注とウェッブ受注の2つの形態がある。
    それらに対応して、請求には、出荷後代金回収と入金確認後出荷がある。
 (2) 事業として、通常受注とウェッブ受注は、べつべつの事業形態である。

 以上のいずれの考え方が「現状」を示しているのか、ということを、或るエンドユーザに訊いたら、「受注は事業として1つであり、通常受注やウェッブ受注は、受注手段の違いに過ぎない。ウェッブは、電話や郵便や訪問と同列の手段である。」という返事であった。しかし、他のエンドユーザは、それとは違う意見を述べた--「ウェッブは、新しいビジネス・メソッドとして考えている。したがって、通常受注と切り離して、ウェッブ受注を考えている。」

 以上の2つの意見では、業務の「構造」は違っている。はたして、いずれが「正しい」のか (あるいは、現状の事業形態なのか)。いずれが「正しい」という判断を、だれが下すのか(営業部長か、取締役常務か)。いずれかを選ばなければ、業務を記述することはできないし、データ構造を作ることはできない。

 かりに、営業部長が、「ウェッブは、通常受注と切り離して、1つのビジネス・メソッドとして考えている」と判断した、としよう。そして、その意見を前提にして、DFDを使って業務を記述した、とする (「通常受注--->出荷後代金回収」と「ウェッブ受注--->入金確認後、出荷」を、べつべつの事業として、記述した、とする)。  しかし、ウェッブから入力された受注データは、大型汎用機のほうに移送されて、通常受注のフォーマットと同じレコード形式に変換されていた、とする。

 さて、システム再構築プロジェクトが設置された際、「システム再構築の目的」のなかには、ウェッブを1つのビジネス・メソッドとして扱うとは明示されていなかった、とする。それでも、営業部長の意見は、「システム再構築の目的」の1つとして扱っても良いのかどうか。

 しかも、事業のなかで実地に使われているデータを確認したら、通常受注のなかで、受注形態区分コードが使われていて、受注形態区分コードの1つとして、ウェッブが記述されていた、としよう。とすれば、ウェッブは、受注手段の1つとして考えられていて、通常受注とは切り離したビジネス・メソッドとして考えられてはいないので、受注に対する考え方が矛盾していることになる。

 さて、ユーザのあいだですら意見が一致していない事業の体系を、ユーザを代表する数人を相手にして聴取しながら記述して、さらに、その事業記述と現状のデータ項目のすべてを照らして、データ構造やプログラム構成を考えることが、ほんとうに、効果的・効率的な やりかた なのか、、、、[ 否 ]。

 たとえば、前述の例では、事業のなかで実地に使われているデータを観れば、ウェッブは、受注形態区分コードの1つとして扱われていることが明示されているので、逆に、ユーザに対して、以下のように「確認すればよい」。

   ウェッブは、今後も、受注手段の1つで良いですか。
   通常受注とは切り離して、1つのビジネス・メソッドとして考えなくても良いですか。

 そして、「システム再構築の目的」のなかに、「ウェッブを新しいビジネス・メソッドとして扱う」という明示がされていないかぎり--言い換えれば、ユーザのあいだで「合意」が成立していないかぎり--、現状のまま、ウェッブは受注手段の1つとして扱うほうが良い。ただし、ウェッブを、通常受注と切り離して扱うことができることを、ユーザに示唆 (確認) したほうがよい。
 この やりかた のほうが、(業務そのものを対象にして、業務の構成図を作成しながら、業務を理解することに比べたら) 効果的・効率的である。
 データを読むというのは、現実の事業を理解することである。そして、事業実態のなかに潜んでいる潜在的な問題点を感知するために、「通論」の知識が役立つ。

 事業を記述するモデル作法に対して興味を抱いているSEの多くが、「通論」の知識さえないことを小生は観ていて、愕然とする。いったい、彼らは、ほんとうに、事業実態を理解して、問題点を感知できるのかどうか、、、。

 
 (2004年5月9日)

  このウインドウを閉じる