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The same knife cuts bread and finger.

 
 コッド関係モデルに関するデータ正規形は、述語論理と集合論を使って、関数従属性・多値・結合従属性として、まとめられました。T字形ER手法は、コッド関係モデルの2つの前提 (関数従属性と包含従属性) に対して、べつの前提に立てば--すなわち、関数従属性のなかで、「null値を認めない」ということと、包含従属性を記述するためには、「あらかじめ、リレーションの『系列』を知っていなければならない」ということを前提にすれば--、べつの体系を作ることができる、ということを示したモデルです。

 べつの前提を起点にして、1つの体系を作るために、僕が使った理論は、命題論理でした。ただ、命題論理を使ったがために、エレガントに記述できなかった点が、いわゆる「HDR-DTL」関係--すなわち、「関係が、そのまま、モノになる」ということ--でした。そして、T字形ER手法が使う「HDR-DTL」の記述が、(命題論理を前提にすれば、) 妥当である、ということを証明したのですが、多値 (多義) と「HDR-DTL」との違いを、端正に記述しなければならないかった。
 多値 (多義) は、選言 (OR関係)であり、「HDR-DTL」は、連言 (AND関係) であるというふうに、やっと、まとめることができました。

 さて、T字形ER手法の体系が、構文論 (resource 対 resource、resource 対 event、event 対 event、再帰などの生成ルールと、データ周延の検証ルールと、多義の排除ルール) として整えば、当然、次に考えなければならない点は、意味論の有用性です。

 意味論には、以下の2種類があります。
 (1) 記述的意味論 (言語学的意味論)
 (2) 論理的意味論 (論理学・数学基礎論を前提にした意味論)

 記述的意味論は、自然言語を前提にしていますので、意味論では、記号 (言語) を使った記述が、言語外現象 (現実の世界) のなかで、どのようなモノを指示しているか、という点 (指示関係) が論点になります。つまり、「x は y を指示している」という関係のなかで、x は記号 (言語) であり、y は現実世界のなかにあるモノ (entity) です。

 経営過程 (事業過程・管理過程・組織過程) を対象にして、かつ、経営過程を記述した「情報」を対象にして、経営過程の「構造」を記述しようとすれば、自然言語を使って記述しますので、構文論を前提にして記述された「構造」は、当然ながら、意味論を併用しています。したがって、(記述された「構造」のなかで記録される) データの真偽は、意味論として、経営過程のなかで起こった事実 (事態) と対比される「真」概念であり、「論理的な『真』概念」ではない。しかも、「原則として」、実際に起こった事実が、帳票 (あるいは、監査証跡) を前提にして、記録されます。

 したがって、帳票とデータとのあいだでは、データが「真」であることを前提にしています--しかも、「真」なるデータから構成されるデータ構造のなかで、「真」でないデータの混入を排除するために、バリデーション・ルールが用意されていますし、ときには、「真」であるべきデータのなかでも、「例外 (「真」概念からの逸脱)」として扱うデータが起こりうる、ということです。
 ただし、伝票を偽造して、「無いモノを有る」というふうに虚構したり、伝票を隠して、「有るモノを無い」というふうに隠蔽することはできます。そういう「虚偽」が起こらないようにするために、監査制度が導入されています(注意)

 伝票などの情報 (監査証跡) を前提にして、データ構造を作るなら--つまり、「情報 (原帳票)」と「データ構造」との指示関係では--、意味論は、すでに、終了している、ということです。しかも、自然言語を前提にしているので--自然言語には「階」がないので--「メタ」概念が成立しない、ということです。

 したがって、経営過程のなかで起こった取引 (x) と伝票 (y) とのあいだの指示関係のなかで、「真」概念が成立していて、伝票 (y) とデータ構造 (z) のあいだの指示関係のなかで、「真」概念が成立していれば、移行性 [ {R(x, y) ∧ R(y, z)} ⇒ R(x,z) ] が成立するので、T字形ER図の記述を、経営過程の事物と対応することはできます。
 ただし、それは意味論ではない--T字形ER手法のなかの記述と現実の事物との指示関係を、直接に示している訳ではない。

 困ったことに、T字形ER手法を使っている人たちのなかで、この移行性のことを「意味論」として勘違いしている人たちがいるようです。たしかに、T字形ER手法は、作図された構造を「読めば」、事業を「逆解析」することができますが、意味論として、現実世界とモデルとの指示関係を扱っている訳ではない。T字形ER図の構造を読んで、事業を逆解析することは、(事業に関する知識を前提にして、)「事業のやりかたを問う」仕事であって、意味論とは、べつの論点です。

 T字形ER手法は、自然言語を使った「言語の形態論」ですから、論理的意味論 (集合論の人工言語を使ったメタ概念) を考慮していない、と言って良いでしょう。
 ただし、自然言語を使って記述された構造を、集合論を使って検証することはできます。事業過程のなかで使われているデータに対して、自然言語を使って記述された構造は、せいぜい、第一階の述語論理--個体と集合を対象とした述語論理--のなかで記述できるので、セット概念を使えば、データの周延を検証できます。そして、T字形ER手法は、記述した構造を検証するために、集合論(セット概念)を使っています。

 
 (2004年7月8日)

 
(注意)
 監査は、記録された情報を実査する「事後行為」である。
 したがって、(伝票の) 起票時点では、記録されている事実が、「真」であることを検証されていない。
 しかし、企業は、「going concern」を前提にしているので、監査は定期的に実施され、監査が、起票に対して、抑止力になっている。

 

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