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The frog flew into a passion, and the pond knew nothing about it.

 

 或る文芸評論家が 「携帯電話の普及が文化の軽薄さを助長した」 というようなことを言っていたけれど、的外れな非難ではないか。私にとって、携帯電話は、情報を入手する役立つ手段であっても、ふるまいの軽薄さを助長するような有害物ではない。もっとも、歩きながら携帯電話で音楽を聴くことが軽薄である (下品である、下衆 [ げす ] い) と言われたら、「そうですか」 としか言いようがないが、、、私は、歩きながら携帯電話で音楽を聴いているから。

 文化の軽薄さは、携帯電話などの技術が助長したのではなくて、技術の進歩に対して、その技術を使う われわれの対応が下手なために起こっているのではないでしょうか。そして、その対応というのは、技術を使っているうちに洗練されてくるのではないでしょうか。

 技術の価値は、その有用性にあるはずです。すなわち、なんらかの目的に対して役立つことが技術の存在価値のはずです。そして、その有用性が手軽に入手できるのなら、もっと、技術の貢献度は増すでしょう。

 書物を愛好しているひとたちのなかには、パソコン、携帯電話や ウェッブ を軽視する ひとたちがいますが--そして、かれらが そういう態度をとる理由として、そういう技術が かれらの目的・嗜好に合わないというのであれば、それはそれでかまわないのですが--、そういう技術を 「文化論」 にまで飛躍されてしまうと、私は エンジニア として、そういうひとたちの 「文化論」 を聞いていて閉口します。

 
 (2006年 7月 8日)

 

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