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When in Rome, do as the Romans do.

 

 TM (T字形 ER手法の改良版) を、いわゆる 「基幹系」 に適用すれば 「ききめ」 があることを私は強調しすぎたようなので、TM を いわゆる 「情報系」 で使うのが難しいように世間では思われているようですが、TM は 「情報系」 でも 「ききめ」 を存分に現します。

 というのは、TM は、数学基礎論・言語哲学で作られて整えられてきた 「モデル」 の技術を導入しているので、およそ、「形式的構成」 を作らなければならない領域であれば、かならず、使うことができます。もし、TM を適用できない領域であれば、そもそも、その領域は 「形式的構成」 を組めない領域でしょうね。

 勿論、あらゆる領域において 「形式的構成」 を記述できる訳ではないし、もし、そういうふうに思いこんでいるのであれば──すなわち、なにごとも logic でさばけるなどと思いこんでいるのであれば──、「理」 に酔っているにすぎないでしょうね。言い換えれば、「形式的構成」 を なんらかの 「関数」 で記述できるということは、物事の必要十分条件を記述できるということであって、もし、物事の必要十分条件が すべての物事において記述できるのであれば、「未来」 なんて存在しても意味がないし、すべての存在物は 「オートマトン」 で宜しいということになるでしょう。言い換えれば、「形式的構成」 というのは、「予期された (もしくは、『規則』 で従うことを要請された、あるいは、すべての代替案を 『想定できる』)」 反復的な できごと に対してのみ記述できるということですね。

 そして、いわゆる 「情報系」 では──ただし、複数・多数の ユーザ が使用する システム であって、ひとりの個人のみが使う システム ではないことを前提にしますが──、たとえ、一過性・非定型の情報検索であっても、事業過程・管理過程で入手された データ を input にしていれば、かならず、なんらかの 「形式的構成」 を前提にしていますし、複数・多数の ユーザ が使用するのであれば、かならず、データ の使いかたにおいて、なんらかの 「手続き (規則)」 が導入されています。したがって、かならず、なんらかの 「形式的構成」 を作ることができるということになります。

 
 (2008年11月 1日)

 

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