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A young dog is better than an old lion.

 

 「風姿花伝」 では、44歳・45歳頃の稽古については以下のように記されています(参考)──当時の平均寿命を鑑みれば、現代なら、10才ほど上乗せして、55歳くらいのことと 「解釈」 してもいいかもしれない。

     このころからは、能の演じかた、考えかたが、だいぶ変わって
    こなければならない。たとえ世間に認められ、能をきわめた名手
    であっても、必ず優秀な後継者を一座の中に持つようにしなけれ
    ばならない。

     四十四、五歳ともなれば、芸の実力は衰えていなくとも、しだい
    しだいに年を取ってくるのはしかたのないことで、自分の肉体的
    な美しさも、観客の目に映る魅力も失われていくものである。(略)
    であるから、容姿の美しさが要求される役は演じられなくなり、
    直面の役といった一方面は、自分の演目の中から失われる結果に
    なる。

     この年ごろからは、身体を使ったあまりこまかな演戯はしない
    方がよい。だいたい、自分に似合った役柄を、安定した気分で演じ、
    肉体的にも無理をせず、優秀な若手の演者を表面に押し出すように
    して、自分は、それを受けて演ずるような、地味な演戯を心がける
    べきである。(略) なんといっても、観客の目を奪う花はなくなって
    いる。

 上に引用した稽古を (現代人の年齢に翻訳して) 55歳頃の稽古だとすれば、まさに、私の年齢の稽古です──私は (6月28日で) 56歳になります。上に引用した稽古を私自身に適用して考えてみれば、いくつかの共感点・反省点を覚えます。

 まず、共感点を述べれば、「容姿の美しさが要求される役は演じられなくなり、直面の役といった一方面は、自分の演目の中から失われる結果になる」 という文を 私の仕事の文脈で翻訳して──ちなみに、「直面」 は 「ひためん」 と発音して、能面をつけない素顔の状態のことを云うので──「これから伸びようとしている若いひとが 既存の専門知識を習得していないけれど 思考を目一杯駆使して対象に立ち向かっている」 という新鮮さ・清々 (すがすが) しさ・一直線の熱意は、もう 55歳の中年にはない。この点は、セミナー 講師を務めるときに はっきりと現れる特徴点です。私は、25年間、セミナー 講師を務めてきましたが、30歳のときと 55歳のときでは、セミナー の進めかたが明らかに ちがっています──30歳代のほうが、熱意に溢れていました。55歳には、新鮮さ・清々しさ・一直線の熱意という 「花」 は、もう、ない。

 もう 1つ共感点を述べれば、「この年ごろからは、身体を使った あまりに こまやかな演戯はしない方がよい」 という点です。この点を私の仕事の文脈で翻訳すれば、「あまりに こまやかな技術的 テーマ を扱わないほうがいい」 ということになるでしょうね。私は 30歳代の頃に データベース 技術 (RDB internals の説明、RDB の monitor・tune-up) を専門にしていましたが、いまは、もう、そういう技術的な仕事をやることがない──そういう技術は さほど難しい技術ではないので、いまでも それらの技術を使うことができるのですが、それ以後に数々の技術を習得してきて、技術が或る程度の量で堆積してくれば、それらの技術の 「性質・関係」──言い換えれば、「構成」──を分析するほうに探求心が向かうようです。すなわち、55歳になれば、具体的な技術を駆使することよりも、技術の 「性質・関係」 を探求するほうを好むようになるようです。世阿弥は 「こまやかな演戯はしない方がよい」 と言っていますが、「しなくなる」 というほうが ふつうの態度でしょうね。

 そして、(技術を駆使することよりも) 技術の性質を探求するようになれば、もし、そういう探求が じぶんの気質にあっていれば、世阿弥の言うように 「自分に似合った役柄を、安定した気分で演じ、肉体的にも無理をせず、優秀な若手の演者を表面に押し出すようにして、自分は、それを受けて演ずるような、地味な演戯を心がける」 ようになるでしょう。今の私の心境が これに近い。

 さて、反省点ですが、(「世間に認められ、きわめた名手」 に私がなれなかったという点は勿論のことで、それ以外に) 「必ず優秀な後継者を一座の中に持つようにしなければならない」 という点を私は配慮してこなかったという点です。私が 30歳代なかば過ぎに独立開業したとき、私が尊敬する或るひとから以下の助言をいただきました──「マサミ、きみは一人でやりなさい」 と。当時 (約 20年くらい前)、私がやっているような技術は、世間では独立した仕事として認められていなかった──ハードウェア を購入したときに、その付録として無償で供与されていた技術だった──ので、独立開業しても 1年くらいで つぶれるかもしれなかったし、私の性質 [ 協調性の欠如、完全主義的傾向 ] を考慮なさって、そのひとは そのように助言してくださったのかもしれない。独立開業した以後、私は フリーランス の状態で仕事を続けてきました。しかし、後継者を持たなければ、TM (事業分析・データ設計の モデル) は、私一代で [ 「一代の芸」 として ] 終わることになるでしょう。

 私は、いま、社員を採用して後継者として育成するか、それとも、廃業するか を思案中です。

 
(参考) 「世阿弥」 (日本の名著 10)、中央公論社、観世寿夫 訳。

 
 (2009年 6月23日)

 

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