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Open confession is good for the soul.

 

 本居宣長は、「玉勝間」 のなかで、「前後と説のかはる事」 を綴っています。(参考)

    同じ人の学説が、あちこちと矛盾があって、同じでない
    のは、どちらに従うべきかと、人迷わせに感じられて、
    およそその人の説全体が、当てにならないように感じら
    れるというのは、一応はもっともなことだけれども、はやり
    そうでもない。初めから終わりまで、学説が変化すること
    のないのは、かえって感心しない面もあるのである。初め
    に決定しておいたことが、時日がたって後に、また違った
    よい考えが出て来るのは、いつでもあることだから、最初
    と違った点があるのこそよいのである。年月を経て学問
    が進歩すれば、学説はどうしても変わらないわけにはいか
    ない。また自分の最初の説の誤りを、後に知ったからには、
    その誤りをつつみ隠さないで、きれいさっぱりと改めたの
    も、たいへんよいことである。

 私 (佐藤正美) は、上に引用した文を 「地で行った」、と云っていいでしょうね──拙著 「黒本 (T字形 ER データベース 設計技法)」 (1998年) から拙著 「いざない (モデル への いざない)」 (2009年) に至るまでの約 10年間は、ひたすら、当初の説を改訂する作業 [ 間違いを正すこと、そして、間違っていない点でも更に単純にすること ] に従事していました。宣長は、「自分の最初の説の誤りを、後に知ったからには、その誤りをつつみ隠さないで、きれいさっぱりと改めたのも、たいへんよいことである」 と謂っていますが、私には、じぶんの頭の悪さを嘆いた痛恨の感しかない (苦笑)。

 TM (T字形 ER手法の改良版) の 10年間の改訂では、ふたつの点が対象となっていました。ひとつは、モデル の正当化条件 (あるいは、構文論・意味論の構成) で、もう一つは、「関係」 の文法です。

 モデル の正当化条件では、私は、当初 (「黒本」 を執筆した頃)、数学的な 「完全性」 を前提にしていました──すなわち、「意味論的な恒真性は、証明可能であるし、その逆も真」 ということを前提にしていました。そのために、どちらかと謂えば、「証明可能性」 のほうを重視していて──すなわち、構文論を重視していて──、「関係」 の文法さえ無矛盾であれば、その文法に従って構成された アウトプットは 「真」 である、と。ただ、そのときに、「entity (個体) の定義」 を、意味論上、扱いかねていました──とりあえず、identifier を付与された管理対象として定義しておきました [ このときには、いまだ、「合意された認知」 とか 「個体指定子」 という考えかたを導入していなかった ]。

 私を つねに悩ましてきた概念が 「意味論的な恒真性」 という概念でした。事業過程・管理過程を対象にして モデル を構成する場合に、「意味論的な恒真性」 という概念は、いったい、どういう状態を示すのか、という問いが私の頭のなかで ゴツゴツ とした岩になって、その性質を説明できないままに、しかし、確固たる場所を占めて存在していました。それを明らかにするために執筆した著作が 「論考 (論理 データベース 論考)」 でした。「論考」 では、以下の 2点を検討しました。

  (1) 構文論 (数学基礎論の技術を棚卸してみる)
  (2) 意味論 (「意味の対応説」 から 「意味の使用説」 へ移す)

 その 2点を検討してみて、私が辿り着いた結末は、やっぱり、「個体の認知 (個体の定義)」 と 「関係 (関数)」 との しのぎあい──言い換えれば、実体主義的個体と関係主義的文法との かねあい──でした。このとき、私は、「個体の認知」 として 「合意された認知」 という概念を導入しました。しかし、この時点でも、「合意された認知」 と 「意味論的な恒真性」 とのあいだは、平行線のままで接点はなかった、、、。この時点で、争点が (構文論のなかにあるのではなくて、) 意味論のなかにあることを私は意識しました。そして、意味論の学習に向かった。

 私が意味論として学習した説は、(ウィトゲンシュタイン 氏は当然のこととして、さらに、) ホワイトヘッド 氏・パース 氏・タルスキー 氏・ゲーデル 氏・カルナップ 氏・デイヴィッドソン 氏らの説でした。そして、私が選んだ道は、「ウィトゲンシュタイン 氏-対-ゲーデル 氏・タルスキー 氏」 の調整として カルナップ 氏の説 (導出的なL-真および事実的な F-真) を導入しました。この時点では、いまだ、「合意された認知」 と 「意味論的な恒真性」 とのあいだで接点を構成できてはいなかったのですが、意味論を補強したという意味で、「赤本 (データベース 設計論)」 を執筆しました。そのときに私の頭のなかで はっきりと 1点に絞られた争点が 「事実的な F-真」 の置き場所でした。すなわち、「意味」 を構成する前提として、「合意された認知」 と 「事実的な F-真」 の ふたつを矛盾しないようにして TM の体系のなかで どのように構成するか、という点でした。この問いに対して ソリューション を与えてくれたのが、デイヴィッドソン 氏の説でした。そして、私は、モデル を以下の 2つの条件で考えることにしました。

  (1) モデル の正当化条件
  (2) モデル の構成要件

 「モデル の正当化条件」 とは、モデル として構成された 「意味」 が──勿論、「意味」 が 「真」 の状態で──いかにして他の人たちに伝達できるのか、という条件です。そして、「モデル の構成要件」 とは、「モデル の正当化条件」 を前提にして、モデル が完備していなければならない規則です。

 「モデル の正当化条件」 として、私は、以下の構成を考えました。

    合意 → L-真 → F-真.

 ここで、やっと、「合意された認知」 と 「事実的な F-真」 を統一することができました。そして、この体系を 「いざない」 で執筆しました。このときに、ふたつめの論点であった 「関係 (関数)」 の扱いを変えました。

 「黒本」 では、「関係」 として数学的関数を使うことに躊躇 (ためら) いがあった──というのは、コッド 正規形の関数を疑問視してT字形 ER手法を作ったので。「論考」 で、前述したように、数学基礎論の技術を確認して [ 「関数」 を確認して ]、「赤本」 では、それでも、数学的な 「関数」 を使うことを躊躇 (ちゅうちょ) していて、「関係」 の対称性・非対称性を確認しました。これらの道程は、当然ながら、上述した 「意味論」 の改訂に対応しています。「赤本」 では、「L-真および F-真」 を導入したけれども、いまだ、「合意された認知」 との整合性が構成されていなかったので、「L-真」 を独立した状態にして 「関数」 を適用することができなかった。

 「いざない」 では、「合意 → L-真 → F-真」 という体系を整えて、「合意された個体」 を 「項」 にして、文法 [ 関数 ] に従って構文論を構文論として使うことができるようになったので、帰納的関数 (閉包、特性関数、外点) を確認して、「event」 に対して適用する 「関数」 と、「resource」 に対して適用する 「関数」 とを明示ました。

 しかし、「いざない」 を出版したあとで、私は じぶんの頭の悪さを痛感する事態に遭遇したのです。「いざない」 を執筆したときに、ゲーデル 氏の 「不完全性定理」 を復習していて、「ツォルン の補題」 が伏線として使われていることを知っていたのですが、「ツォルン の補題」 に対して注意を ほとんど払わないで、ゲーデル 氏の 「不完全性定理」 を まとめることに専念していました。ただ、「ツォルン の補題」 が私の頭のなかに ゴツゴツ として立っていて、「いざない」 を出版したあとで、「ツォルン の補題」 を使って、「全順序と半順序」 の観点から 「event と resource」 の文法を説明できることに──或る日、卒然と (!)──気づきました (泣)。

 「いざない」 を出版したあとになって、私は、個体 (「event と resource」) と 「関係」 文法を 「ツォルン の補題」 を前提にして説明するようになりました。しかし、この 10年のあいだ、私は、この簡単な説明に辿り着くまで、多くの回り道を歩いてしまった、、、。 じぶんの説を公にしたからには、間違いを訂正することは、たしかに、説を作った本人の責務ですが、いっぽうで、じぶんの頭の悪さを嫌というほど思い知らされる辛酸な出来事です。できれば、間違いなどしたくないのですが [ 「黒本」 で犯した いくつかの間違いが、「論考」 「赤本」 および 「いざない」 を執筆して TM を整える起点になったのですが ]、、、凡人には致しかたないのかもしれない、、、。

 
(参考) 「本居宣長集」 (日本の思想 15)、吉川幸次郎 編集、筑摩書房、大久保 正 訳。

 
 (2010年 4月 1日)

 

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