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Those who'll play with cats must expect to be scratched. (Cervantes)

 

 Bloomsbury Thematic Dictionary of Quotations セクション danger のなかで、以下の文が私を惹きました。

    If you play with fire you get burnt.

    Proverb

 
    Danger by being despised grow great.

    Edmund Burke (1729-97) British politician.
    Speech, House of Commons, 11 May 1792

 
    Believe me! The secret of reaping the
    greatest fruitfulness and the greatest
    enjoyment from life is to live dangerously!

    Friedrich Wilhelm Nietzsche (1844-1900) German philosopher.
    Die Frohliche Wissenschaft, Bk. W

 
    There's a snake hidden in the grass.

    Virgil (Publius Vergilius Maro; 70-19 BC) Roman poet.
    Eclogue, Bk. V

 
 いずれの引用文も、ひとたび読んでみれば、思いがけない視点・着想を述べている訳じゃなくて、極々尤もな事を述べていますね。

 一番目の引用文は 「戯れ」 な態度を戒めているのでしょうね。拙著を読んで 「ゲーデル の不完全性定理」 に興味を抱いて読もうとする人に対して、私は、いつも、一番目の引用文に綴られている文を言う事にしています──あるいは、「戯れに恋はすまじ」 と。あの 「超」 難しい論文は、モデル 論を仕事にする (モデル 論を作る) 人が読めばいいのであって、モデル 技術を使う人たちは読まなくていいし、読まないほうがいい。生半可に手を出すと怪我をする。あの論文について、「人間の知性には限界がある」 という様な いい加減な 「解釈」 をしている人たちを、時々、見掛けますが、ゲーデル 氏は、論文の中で、そういう いい加減な事を毛頭述べていない。彼が証明した事は、自然数論に対応する無矛盾な体系 (「理論」) の中で真とも偽とも判断できない命題を作ることができる、という事なのです──彼は、そういう命題を仮定して、「対偶」 を使って その存在を証明しています。その証明の あらすじ を拙著 「論考」 135頁で まとめておいたので興味のある人は読んでみて下さい、そして、もし その あらすじ が チンプンカンプン ならば、「ゲーデル の不完全性定理」 を読まないほうがいい。

 さらには、四番目の引用文が云うように、There's a snake hidden in the grass。しかも、一匹じゃない、「不完全性定理」 を読むためには、「論理の完全性定理」、PM の公理系、ペアノ の公理系を知っていることが前提になっていて、そのうえに、原始帰納的関数、「ω-完全」、ゲーデル 数などの考えかたを熟知しなければならないので、生半可に手を出せるものじゃない。生半可も danger の一つでしょうね。そして、その生半可な知識は、(二番目の引用文が云うように、) Danger by being despised grow great。最近になって明らかにされた信頼できる情報では、スコーレム 氏と ゲーデル 氏は会談した事があったそうで、スコーレム 氏ですら、当初、ゲーデル 氏の考えかたをわからなかったそうです。もし、ゲーデル 氏の論文を読みたいのであれば、日本人の研究家の著作であれば、前原昭二氏の「数学基礎論」 (朝倉書店)、廣瀬健氏・横田一氏の 「ゲーデル の世界」 (海鳴社)、野崎昭弘氏の 「不完全性定理 (たのしいすうがく 2)」 (日本評論社) および本橋信義氏の一連の著作──少なくとも、「ゲーデル 不完全性定理」 (講談社)──を、先ず読んで下さい。「ゲーデル と 20世紀の論理学 (1〜4)」 (田中一之 編、東京大学出版会) も推薦致します [ 私は第 1巻から第 3巻まで読みましたが、第 4巻を読んでいない ]。

 三番目の引用文は、ニーチェ 氏の言ですが、日本風 (中国風?) に云えば、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」 かしら。その意味では、ゲーデル 氏を読むのはいいかも (笑) [ ← 本気にしないで下さい ]。ニーチェ 氏の様な天才の言を俟 (ま) たずも、じぶんが押し潰されるかもしれない難しい仕事に挑んで、それを成功裡に果たした時の充実感が絶大である事を我々凡人でも幾度かは実感しているでしょう──そういう時には、私は、叫ぶ以外に悦びを表現する術 (すべ) を知らない。しかし、そういう悦びをひとたび実感すると、ありきたりの道を歩むのが つまらなくなってしまう。これも、日常生活では、danger の一つでしょうね。

 
 (2012年 6月 1日)

 

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