このウインドウを閉じる

A monkey remains a monkey though dressed in silk.

 

 最近、私には、「思い詰める」 習慣が失われて来たのではないか。 その兆候は、かつて、心の奥底に強烈に存在していた、そして、そのために シ゛ッ としていることができないほどに心を揺さぶり駆り立てた 「憤怒」 が消え去ってしまった。あれは 青春時代の一過性の 「疾風怒濤」 状態なのか。誰もが罹る 「はしか」 に過ぎなかったのか。

 そして、「円熟した大人 (おとな)」 となってゆくのか。否、絶対にそうあってはならない。 円熟は、完成品を示す ことば であって、円熟は、創造の終焉である。 世俗的な 「円熟した大人」 のふがいない生活を観よ--虚栄・狡猾・慢心に満ちた生活を凝視せよ。 自らの思考力と対決することを避けて来た、まやかしの 「円熟」 などは、 挙げ句の果てに、唾棄すべき、その程度の処世術に過ぎない。そして、私自身も、この罠に陥っている、、、。

 
 (2005年12月23日)


  このウインドウを閉じる