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bless those who curse you,... (Luke 6-28)

 



 小林秀雄氏は、「批評家失格 T」 のなかで、以下の文を綴っています。

     臆病で皮肉も言えぬなどという好人物は別だが、みんな臆病を
    かくそうと皮肉をいう。それにしても皮肉とは一体何の事だろう。
    よく、大変元気のいい率直な評論を読んでいて、ふと、心にもない
    事ばかり言っていやがると気がつく、もう板についていない文字
    をどうしてもおとなしく辿 (たど) ってやる気にはなれない。
    これはきっと皮肉のつもりで書いているんだと思い込んでみる、
    忽ち評論の意味は、どんでん返って、私はげらげら笑い出す。
    やって御覧なさい。

 実際、これは効く。「やって御覧なさい」。

 私 (佐藤正美) は、読んだ書物のなかから、たまに、批評語に近い短文を書き抜いて、郵便封筒の おもて に書き連ねておいて、ほかの書物を読んだときに、その批評語の リスト のなかから使える文を借用することがあります。たとえば、三島由紀夫氏の 「若き サムライ のために」 (日本教文社) のなかから抜粋した文を以下に写真で掲載しておきましょう。

 

 
 これらの文は、「反文芸的断章」 のなかで使いました。

 
 (2010年 3月16日)


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