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anti-daily-life-20190801
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Nor does anyone pour new wine into used wineskins. (Matthew 9-17)

 



 小林秀雄氏は、「事変の新しさ」 の中で次の文を綴っています。

     早く不安から逃れようとする。新しい事件を古く解釈し
    て安心しようとする。これは僕等がみんな知らず知らず
    のうちにやっている処であります。事件の驚くべき新し
    さというものの正体に眼を据えるのが恐いのである。
    それを見詰めるのが不安で堪らぬのであります。それ
    であるから、出来る事なら、古い知識なり経験なりで、
    新しい事件を解釈して安心したい。言い代えれば、恰も
    古い事件に対する様に、この新しい事件に安心して対し
    たい。僕等は、知らず知らずの間に、そういう事をやる。
    こういう心理傾向からは、なかなか逃れ難い、余程、厳し
    く自分の心を見張っていないと、逃れる事が難かしいと
    思われます。僕等の嘗ての経験なり知識なり方法なりが、
    却って新しい事件に関する僕等の判断を誤らせるという
    事になるのであります。

 小林秀雄氏は同じような趣旨のことを他の エッセー (「文学界の混乱」) のなかで次のように綴っています──「批評家は新規を追うが、瑞々しさを求めぬ。問題を次々に同じやり方で解決して行く事を好むが、或る問題を次々に新しいやり方で解決する事を好まぬ」。

 かなり昔の話になりますが、バフル 経済が弾けた 1992頃に──その兆しは 1990年頃から少数の人たちのあいだでは感知されていたのですが、そういう人たちの言っていたことが正しかったとわかったのは後々になってからです──私が仕事 (事業分析・データベース 設計の仕事) を請け負った或る企業では、エンドユーザ (営業部門) からの代表 2名と コンピュータ 部門の代表数名が事業について危機感を抱いていました、だから事業の現状を分析して新たな対応策を打ちたいという依頼があった次第です。その事業では過去数年最高益を まいとし 出していましたが、収益獲得に わずかに陰りが見え始めた──営業部門の代表 2名は この現象について 「今の マーケット は続かない (近々 バフル は弾ける)、過去の営業のやりかたでは今後 (今までような) 収益を獲得するのが難しいのではないか」 という危機感を抱いていました。そこで、彼らが対応策としてとったのは、今まで収益を獲得していた主たる事業 [ 受注して建造する ] の他に その事業から派生する保守 [ それなりに高価な リフォーム など ] を確実に成約できるような販売管理体制を強化することでした。我々は先ず現状を正確に モデル として記述して、そして新たな環境変化に対応するように モデル を拡充しました。

 拡充した モデル を システム として実装すれば、環境変化に対して早めに対応できると我々は自信を持っていたのですが、その モデル は エンドユーザ (営業部門) から賛同を得られなかった、エンドユーザ 曰く──「今までの やりかた は成功している、今回 巧くいかないのは、たまたま なにがしかの ボタン の掛け違いのためであって、いずれ そう遠くない時期に今までのような状態に戻るだろう」 と。しかし、そうは言ったものの エンドユーザ には自信が満ちていた訳ではなかった、エンドユーザ は現状に対して明らかに不安を感じていた、エンドユーザ は その不安を打ち消すために自らに そう言い聞かせて納得しようとしていたようだった。(この話が どうなっていくかは割愛しますが、話の結末を言えば、我々は拡充した モデル を実装して システム は大成功でした [ 新たな事業において、(当時、それを報道した週刊誌の記事では) 「一人勝ち」 と評価されました ]。

 巧くいっている 「慣習 (習慣)」 を変えることは難しい、大きな組織になればなるほど今までの 「慣習」 を変えるのは難しい──たとえ、変えることができたとしても、多大な年月が かかる。だから、巧くいっていることを下手に弄るな、という論も成り立つ。しかし、或る環境で巧くいっていたことが環境が変わったときに (あるいは、少しずつ変化しているときに) 継続して適用することは有効ではないでしょう。「新しい事件を古く解釈して安心しようとする。これは僕等がみんな知らず知らずのうちにやっている処であります」。そういう罠に陥らないように、私は次にように 日頃 心掛けています──今やっていることが役に立たないと感じられないかぎり続けるのではなくて、役に立つ (効果的である) ということが証明できないのであれば、他の やりかた を試してみる、と [ この考えを私は ピーター・ドラッカー 氏 (経営学者) から学びました ]。

 
 (2019年 8月 1日)


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