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Those who eat this bread will live forever. (John 6-58)

 



 小林秀雄氏は、「イデオロギイの問題」 の中で次の文を綴っています。

     人間は、正確に見ようとすれば、生きる方が不確かに
    なり、充分に生きようとすれば、見る方が曖昧になる。
    誰でも日常経験している矛盾であり、僕等は永久に経験
    して行く事だろう。

 正確に観ることと生きる (行動する) ことが 「均整を崩さずに同時にできる」 ことは起こりえないし、しかも観察のあとで実践するというような 「段階的な推移」 も有り得ないことでしょう──私の仕事を振り返ってみても、観察と実践とが交錯しながら、どちらかが環境のうごきに対応して たまたま強く現れる。PDCA などという定式的な手順しか考えていない簡略な用語では表しきれない思索・実践・工夫の入り乱れが仕事 (創作、あるいは物を作ること) の実態ではないか。

 システム を作るために ウォータフォール (分析・製造・保守という分割された フェーズ) の プロジェクト を数多く体験してきた システム・エンジニア であれば、フェーズ 導入が巧く機能していないことをまざまざと観てきたでしょう──「後戻り」 が必ず起こる。PDCA にしても フェーズ 導入にしても、物作りの概念を説明するには簡略でいいけれど──簡略すぎる!(oversimplification)──、簡約すぎるということは実地に適用するためには そうとうな工夫をしなければならないということではないか。

 観察 (と思索) と実行が入り交じった (interweaved) 状態 [ 矛盾を内包した dynamism ] が活物 (生きている) という証でしょう。私は、こと人生の体験について (自然科学を除いて) 法則・定式を認めてはいない。

 
 (2019年 3月15日)


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