< anti-computer-20190501
  × 閉じる

Great ideas are not charitable. (Henry de Montherlant)

 

 Bloomsbury Thematic Dictionary of Quotations セクション Ideas の中で、次の文が私を惹きました。

    What was once thought can never be unthought.

    Friedrich Durrenmatt (1921- ) Swiss writer.
    The Physicists

 
    Society goes on and on and on. It is the
    same with ideas.

    Ramsey MacDonald (1866-1937) British statement and
    prime minister.
    Speech, 1935

 
    A society made up of individuals who were all
    capable of original thought would probably be
    unendurable. The pressure of ideas would
    simply drive it frantic.

    H. L. Mencken (1880-1956) US journalist.
    Notebooks 'Minority Report'

 
 引用文の三つとも、idea についての記述というよりも、それを具現化した テクノロジー (技術) について述べていると思ったほうが納得しやすいですね──私の職業が システム・エンジニア だから そう思うのかもしれないですが。

 引用文の一番目、英語の ニュアンス が訳しにくいですね──「考えられることは考えられる」 とでも訳しておきましょうか。技術は いったん 世に登場すると、もし それが社会に受け入れられたならば、人々は それを次第に改良・拡張していきます。以前の 「反 コンピュータ 的断章」 で引用した 「無名草子」 の文を思い出しました──

    それよりのちの物語は、思へばいとやすかりぬべきものなり。かれ
    を才覚にて作らむに、「源氏」 にまさりたらむことを作りいだす人
     ありなむ。( [ 訳 ] 「源氏物語」 より後の物語は、「源氏物語」 を
    手本すれば簡単に作れるだろうが、「源氏物語」 以前にこれほど
    すばらしい作品はなかったのだからすごいと言っている。)

 最初に なにがしかの技術を発明した人は、たとえ その技術が現代から観て素朴であっても、尊敬に値するでしょう。今まで無かった技術が出てくると拒否反応を示して それを悪く言う人たちがいますが、自分自身が持っていないものに対して悪口を言うというのは さもしいし、(もし その技術を受け入れたら伸びるかもしれない) 能力の可能性をも狭めているでしょう。勿論、我々は生活時間が限られているので、なんでもかんでも試すということはできないけれど、少なくとも自分が関わる仕事 (専門分野) において新たに出てきた技術については無下に拒否しないで一度は試したほうがいい。私は もうすぐ 66才になりますが、その心意気は喪ってはいないつもりです──年齢を問わず エンジニア の醍醐味というのは、まだ形になっていないものに具体的な形を与えることにあるのだから。

 引用文の二番目と三番目。新たな技術の出現とともに社会は前進していきますが、これを 「進歩 (物事が次第に良い方に、または望ましい方に進み行くという意味で)」 と見做すかどうかは微妙ですね。技術が社会に対してもたらす影響は功罪半ばするでしょう──良い点が そのまま悪い点にもなる、この現象は我々の性質と同じで、長所が そのまま短所にも成り得る。技術そのものは価値を持っているのではない、それが社会の中で適用されたときに価値判断が下されるでしょう。時代を画するような新しい技術が現れたとき、それを どのように適用すればいいのかを 当初 わからないままに社会は その技術に振り回されて てんてこ舞いになった有様は過去に多い──たとえば、RDB、PC、LAN、Internet、WWW、携帯電話、スマホ、SNS そして最近では AI など。新しい技術が普及し定着するには (言い換えれば、その評価が定まるには) 10年ほどを要する。

 新たな技術の出現は我々の倫理観を問うことになる、そして 技術を悪用する人たちも かならず存する。現代社会は テクノロジー の進歩は凄まじいのですが、それに同行するはずの倫理が等閑にされていると私は思っています──つまり、精神が技術に追いついていない。この意味において、(文学青年的気質の強い エンジニア たる) 私は 「反現代」 という態度をとっています。念のために言っておきますが、昔は社会に人間味が溢れていて良かったなどと懐かしんで新しい技術に反対して 「反現代」 という態度をとっているような懐古趣味を私は持ちあわせていない。いっぽうで、技術といっしょに歩むはずの精神 (感情・意思を愛育する倫理と云ってもいい) を等閑にして、理系に較べて文系が軽んじられている現在の風潮を私は苦々しく思っています。

 
 (2019年 5月 1日)

 

  × 閉じる