anti-daily-life-20180115
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Can it be that all my work for you has been for nothing? (Galatians 4-11)

 



 小林秀雄氏は、「僕の大学時代」 の中で次の文を綴っています。

     僕はただもう非常に辛く不安であった。だがその不安から
    は得をしたと思っている。学生時代の生活が今日の生活に
    どんなに深く影響しているかは、今日になってはじめて思い
    当る処である。現代の学生は不安に苦しんでいるとよく言わ
    れるが、僕は自分が極めて不安だったせいか、現代の学生
    諸君を別にどうという風にも考えない。不安なら不安で、
    不安から得をする算段をしたらいいではないか。学生時代
    から安心を得ようなどと虫がよすぎるのである。

 まったくの同感です! 私の大学生時代の生活については、「反 文芸的断章」 (2017年10月 1日付け)「反 コンピュータ 的断章」 (2017年12月15日付け) で綴ったので、参照してください。それを前提にして、今回の エッセー を綴ってみます。

 現代の大学生の生活を私は知らない。私の学生時代は 40年くらい前のことなので、私の学生生活から現代の学生生活を類推することはできないでしょう。私の息子たち (26才、25才と 22才の三人) の生活を観て類推するにしても、息子たちは特殊な学校 (防衛大学校、医療専門学校など) の学生だったので、「一般の」 学生生活を想像することはできない。ということで、現代の学生生活がいかようなものなのかを知ることは諦めざるを得ない。問題は、「現代の学生は不安に苦しんでいる」 かどうかということです。私の息子たちを観ていて、彼らが進路 (そして、それに関連する人生 [ 生活 ]) について悩んでいたことは確かです。

 長男は、大学を二年で辞めて防衛大学校に入った──しかも、大学に通いつつ、私に内緒で防衛大学校の受験勉強をしていました。現在、彼は、江田島の訓練を終えて、舞鶴に任官しています。次男も大学一年で辞めて、介護の専門学校に通って、卒業後 介護職に就いたけれど、それを辞めて、自衛隊 [ 空自 ] の研修を終えて、去る12月に任官しました。三男は、専門学校 (三年制) を卒業して、現在は さらに専門学校 (医療専門学校、二年制) に通って スポーツ・トレーナー を目指しています。三人とも大半の学生たちが選ぶ 「普通の」 進路を歩んでいない。しかも、三人とも自らの意志で進路を選んだのは、親の私が彼らを観て感心しています (次男はそうとうに迷走したけれど、自らの意思で空自を選んで──長兄 (海自) に相談したようですが──現在では一応落ち着いています)。

 彼らを観ていて、私が学生だったときに比べて、もっと しっかりしていると思う。私は文学をやりたかったのですが商学部に入って、しかも就職が嫌で大学院に逃げ込んだ。私のその来歴に比べて、息子たちは悩みながらも自分たちの意志で しっかりと進路を選んでいる──私は、全然、助言をしていない。

 「今時の若い連中は云々」 と非難する年配の人たちは、年齢とともに積んだ知識・体験を尺度にして非難しているのであって、自分の若い頃がどうであったかを忘れているのではないか。そして、マスコミ が伝える 「ゆとり世代」 とか 「草食系」 などという単純極まりない、それゆえに非常に曖昧な抽象語 (汎化) で以て若い人たちを総括してはいないか。

 年齢ととも知識・体験を積んでいるのなら、汎化というのは個々の例を前提にしていることくらい当然承知しているでしょう。そして、40年前と今では、生活の前提 (環境条件) が違うことも承知しているでしょう──オジサン たちの昔の経験 [ ましてや武勇伝 ] を、賢い (それゆえに悩んでいる) 若い人たちが温和しく聴く訳がない。私が若者なら、きっと聴かない。なぜなら、若いときは、既に整ったもの [ 教訓 ] に惹かれない。未来をもつ青年は、前途に自分が為す余地のない [ 自分の加えるものが のこっていない ] ことには退屈なのである。

 そして、未来があるというだけでも若い人たちは幸せでしょう。白地の カンバス 上に何を描くかは、本人しかわからない──本人も さほど わかっていないのかもしれない。私自身の人生を振り返っても、自分が描きたいと思ったものが きちんと描くことができるか、自分に描く才があるか、そういう不安に襲われた。いつの時代でも、その不安そのものは変わらないのではないか──未来というものがある限り。

 
 (2018年 1月15日)


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