2008年 5月16日 「技術編-4 データ の認知 (性質とは)」 を読む >> 目次に もどる
2013年 6月 8日 補遺  


 「性質」という概念は──すなわち、個体 「そのもの-の」 性質 [ 本質的属性 ]、言い換えれば、しかじかの個体 (entity) には、かくかくの 「性質」 が帰属するということは──、「赤本」 のなかで述べたように、昔 (ギリシア 時代) から現代に至るまで、哲学的に争点になってきました。

 数学 (現代集合論) では、「性質」 は、「関係」 の特殊な形であると考えて、「ひとつの変項の関数」 として扱います。すなわち、関係 aRb (a は b に対して関係 R にある、ということ) を R (a, b) として考えて、2 項関係とみなして、関数 f (x, y) と同値であるとし、「性質」 は、2 項関係の特殊な形 (1 項関数) として扱います。
 したがって、数学では、個体 「そのもの-の」 性質であるかどうかという判断を避けて、しかじかの 「性質」 を内包とすれば、かくかくの外延 (集合) を考えることができる、というふうに考えます。つまり、数学では、「関係」 が 「個体」 に先行するという関係主義が使われています。この考えかたを前提にして、ZF の公理系を使って、データ を構成する アルゴリズム を示した モデル が 「コッド 関係 モデル」 です。

 いっぽう、事業過程・管理過程で使われている 「情報 (帳票、画面、レポート など)」 は、事業活動を事前報告・経過報告・事後報告する目的で使われ、事業過程に関与している人たちのあいだで、「意味」 を伝達する体系として整えられています。そして、「情報」 は、「自然言語」 を使って 「意味」 を伝達しています。それらの 「情報」 のなかでは、事業過程・管理過程のなかで、「どのような対象を管理対象とするのか」 という合意が、コード 体系のなかで示されています。コード 体系のなかで、独立の個体指示子を定義されています──たとえば、商品番号とか、取引先 コード とか、受注番号とか 部門 コード とか従業員番号など。TM では、これらの個体指示子を認知番号にして、個体を定立することは、前回述べました。したがって、TM は、関係主義に立って個体を定立するのではなくて、どちらかと云えば、実体主義──「実体」 という用語法は、哲学的には、形而上学的な争点を ふくんでいるので、私は使いたくないのですが、ここでは、とりあえず、「個体」 の認知が、「関係」 の認知に先立つというくらいの意味で使っていると思ってください──に立っています。

 「個体」 を定立したら、次の手続きとして、(「個体」 に 「帰属する」) 「性質」 を記述しなければならないのですが、「帰属する (attribute)」 という概念は、争点をふくんだ難しい概念です。TM では、基本的に、「観察述語」 という観点に立って、個体に帰属する性質を 「観察可能な特徴」 として考えています。すなわち、物理的対象の性質が、或る条件の下で、与えられた事態 (個体) の中に現れるか現れないか、という点を直接の観察によって確かめられるというふうに考えています。ただし、TM では、「現実的事態」 を直接に観るのではなくて、まず、「情報」 に対して、「構成」 を与えて、その 「構成」 が 「現実的事態」 と対応しているかどうかを験証するという接近法を導入しています。言い換えれば、「L-真」 を構成して、次に、「F-真」 を験証するという接近法です。

 「L-真」 を構成する対象となっているのが 「情報」 なので、TM は、1つの 「情報」 を いくつかの 「有意味な」 文に再体系化する モデル です──その接近法を、「赤本」 では、「言語の形態論 (語-言語の使いかた)」 というふうに記しています。すなわち、「個体に帰属する性質」 という概念を、TM では、「(語-言語の) 形態素」 という文法に置換しています。そして、ことば の使いかたを目安にして、まず、個体-性質を記述して、次に、それらの記述が 「現実的事態」 に対応しているかどうか という点を験証します。この やりかた は、単純に言い切ってしまえば、セマシオロジー 的 (あるいは、論理的意味論の) 接近法です。 □

 



[ 補遺 ] (2013年 6月 8日)

 Entity は、次の様に構成されます。

   { 主題, 条件1,・・・. 条件n }.

 モノ の説明として { 主題, 条件1,・・・. 条件n } という構成を使う様になって、「attribute (「性質」、「帰属」)」 という概念を私は使わなくなりました──条件を幾つか立てて、モノ (entity) を一意に絞り込む、というふうに説明しています。できるなら、entity という概念も使いたくなかったのですが、事実的な F-真を験証する時に現実的事態と対比するので、entity という概念を排除できなかった次第です。





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