2001年 4月15日 作成 日本古典文学 (全般): 入門編 >> 目次 (作成日順)
2005年10月 1日 更新  


 古典文学を読むことを計画して、いきおい、原典の作品を読むのは賢明 (効率的・効果的) ではない。下欄に記載した書物 (学習参考書と学習副読本) を 「すべて」 通読して、基本的な知識を習得しておいたほうがよい。「独断的な」 読みかたに陥らないためにも、基礎知識の習得は大切である。今後、古典文学を本気で勉強しようとする人たちは、下欄の基本書を一年程度を費やして、 じっくりと読んだほうがよい。
 なお、文中、★ は 「お薦め」 の意味である。


 

 ▼ 入門用、あるいは初級向けの学習参考書

 ● 古文研究法、小西甚一、洛陽社 (★)
  [ 目次: 語彙、文法、有職故実、修辞 ]

 ● 対照記憶 古文単語の新研究、永山 勇、洛陽社

 ● 識別法中心 国文法の総整理、永山 勇、洛陽社

 ● 日本文学研究法 (日本文学大系 第一巻)、武田祐吉、河出書房

 ● 古典の読み方、藤井貞和、講談社学術文庫

 

[ 読みかた ] (2005年10月 1日)

古文研究法」 (小西甚一、洛陽社) は、高校生用の参考書ですが、必読書です。この書物は、1955年に初版が出て、1965年に改訂され、以後、いままで、版を重ねてきている 「定番の」 書物です。小生 (52歳) が高校生の頃に使っていましたが、いまでも、参考にしている書物です。執筆者は、故・小西甚一 氏 (当時、筑波大学名誉教授) です。小西甚一 氏ほどの卓越した研究者が、高校生向きに、みずから、執筆なさった書物です。しかも、組版 (活字の大きさ、行間のあきぐあいなど) も、小西先生が、みずから、指示なさったそうです。「はしがき」 には、以下のように綴られています。

   えらい先生の名になっているが、中味は大学院あたりの学生が他の参考書を抜き書き寄せ集めたもの--という
   実例をいくつか知っている私は、そういう先生に限って 「学習参考書なんかは」 とばかにしたような顔をしたがる
   ことも知っている。しかし、それは心得ちがいというもので、...

   この本の初版が出たとき、こういった内容と構成をもつ参考書はひとつも無かった。ところが、デザイン盗用で
   世界的に悪名の高いわが同胞の商魂は、ついに学者までなかま入りさせたらしく、この本をまねた古文参考書
   がぞくぞく現れた。なかには、第一版における私の誤りまでそっくり持ちこんだものさえある。しかし、それらの
   糊ハサミ式参考書を見て感じたのは、いっぽん筋がとおっていないということである。器用にまとめてはあって
   も、全体としてぐいぐい迫ってくる力がない。つまり死に本である。では筋とは何か。良心である。十年にわたって
   書き直したけれど、私の本にはまだ不備があるかもしれない。だが、良心だけは、ぜったいに不備でないつもり
   である。

第一級の研究者が、そういう良心をもって執筆した書物は、「高校生用」 を超えて、古文を学習したいと思う人たちに迫ってくるでしょう。本書は、以下の構成となっています。

   第一部 語学的理解 (語彙、語法と解釈)
   第二部 精神的理解 (古典常識、修辞のいろいろ、把握のしかた、批評と鑑賞)
   第三部 歴史的理解 (事項の整理、表現と連関、時代と思潮)

以上の構成からわかるように、この書物を読めば、古文の基礎的知識が、一通りに習得できます。過去 50年のあいだ読み継がれてきた 「名著」 です。古文を、これから、本気で学習したいと思う人たちには、必読書でしょうね。ただ、古文を現代語訳で読んで、それぞれの名作の 「あらすじ」 を知りたい、と思う人たちは、本書を読まないほうがいいでしょう--こういう言いかたは、皮肉でもないし、現代語訳を軽視しているのでもないのであって (小生は、いくつかの古典を現代語訳で読んでいますので)、本書は、そういう目的向きではない、ということです。
いまから古文を本気で学習しようと思っている人たちは、本書を、隅々まで、丁寧に読んで下さい。



 

 ▼ 入門用、あるいは初級向けの学習辞典

 ● 古典読解辞典、白石大二・新間進一・広田栄太郎・松村 明 共編、東京堂版
  [ 目次: 作品解説、有職故実、文法、修辞、図録、年表 ]

 ● 重要古語小辞典、市古貞次・三木紀人・吉田熈生 著、明治書院 (★)

 ● 例文通釈 古語辞典、江波 熙、森北出版
  [ 読む辞書 ]

 ● 全訳読解古語辞典、鈴木一雄 他、三省堂

 

[ 読みかた ] (2005年10月 1日)

初級向けの辞典を使う際、以下の 2点を考慮したほうがいいでしょう。

 (1) 基本語に関して、「語感」 が丁寧に記述されている。
 (2) 基本語に関して、「典型的な例文」 が豊富に記載されている。

(1) として、「重要古語小辞典」 (市古貞次・三木紀人・吉田熈生 著、明治書院) を、(2) として、「例文通釈 古語辞典」 (江波 熙、森北出版) を、お薦めします。いずれも、絶版ですが、古本店で探して入手して下さい。そういう労力を払っても、見返りのある辞典です。2冊とも、「読む」 辞典です。
「重要古語小辞典」 の 「はしがき」 は、以下の文で始っています。

   夏目漱石は作家になるまで、「坊ちゃん」 の舞台となった松山中学や、熊本の第五高等学校で英語の教師を
   していた。接頭語・接尾語をやかましく言うので有名だったそうである。また若き森鴎外の語学の勉強法は
   キ゛リシャ・ラテン まで遡って語源を確かめることであったという。
   日本の古語についても漱石・鴎外のような学習はできないものだろうか。(略)
   もう一つ、ことばというものを、死んだ文字の塊としてではなく、生きた人間の心としてつかむ学習はできない
   ものだろうか。言葉が心の表現であるのは当たり前のことだが、今までの古文学習は この当たり前のこと
   が忘れられ過ぎている。言葉を 「物」 としてあつかいすぎるのである。勉強の都合上やむを得ないことかも
   しれないが、本当はそうではない。言葉は心の形であり働きなのである。同じ言葉、たとえば、「かなし」の
   「意味」 が時代によってちがうということは、「かなし」 という言葉で表現された それぞれの時代の人の
   心がちがっていたということである。

この辞典 (「重要古語小辞典」) では、基本語 200語に対して、語源と語の構成と、語義のうつり変わりを記述しています。

「例文通釈 古語辞典」 の初版は、昭和 7年です (昭和 7年版の 「参考古語辞典」です)。いま 流通している古語辞典 群の 「原型」 になった元祖です。この辞典は、(大日本国語辞典や大言海を参考にしながらも、) 例文は、すべて、逐一、原典を調べたとのことです。武田祐吉 博士と久松潜一 博士 が 「序文」 を捧げて、守随憲治 博士・今泉忠義 博士・西下経一 博士が 「推薦の辞」 を寄せられたように、学界のそうそうたる (第一級の) 研究者たちが 絶賛したということが、この辞典の 「高い品質」 を示しているでしょうね。この辞典 (「例文通釈 古語辞典」) の最大特徴は、例文です (いっぽうで、語義は、愛想がないほど、簡略な記述です)。この辞典の 「跋」 のなかで、著者は、以下のように綴っています。

   いままで二十五年間 ([ 正美註 ] 昭和 40年の時点ですから、前述した小西先生の参考書と同じように、いま
   なら、50年間と言っていいでしょう) この辞典によって学んだ学生は、数十万に及ぶであろうが、利用者の多く
   は、本書を辞典として使用したばかりでなく、参考書として、第一頁から終わりまで読んだ、それで他に参考書
   の必要はなかった、と述懐している。これが、今ではもう、国語国文学界、教育界の第一線で活躍している人人
   の声である。これこそ本書の性格をよく理解し、活用されたものであって、私は著者として、まことに本望に
   思う次第である。

この辞典に似た性質として--語義の記述は簡略だけれど、例文が豊富である辞典として--、(「読書案内」 には記載しなかったのですが、小生が使っている辞典で、) 「模範 古語辞典」 (金子武雄・三谷栄一 監修、金園社) を、お薦めします。この辞典も、(「序」 によれば、) 「大日本国語辞典」 (上田万年・松井簡治) に負う所が多かった、とのことです。「模範 古語辞典」 は、収録語彙が多いので、初級者向けの 「読む」 辞典ではないのですが、頁数に比べて--付録を除いても、1340ヘ゜ーシ゛ の量で、活字が小さいので、そうとう数の語彙が収録されている辞典ですが--、値段が安い (880円)。

「重要古語小辞典」 の語義と、「例文通釈 古語辞典」 の例文の、それぞれの特徴を活かして併用した辞典として、「全訳読解 古語辞典」 (鈴木一雄 編集代表、三省堂) を、お薦めします。同じ編者 (鈴木一雄 博士) の 「学習 古語辞典」 (旺文社) も、似た構成になっていますので--さらに、学習の便を図るために、それぞれの ヘ゜ーシ゛ の欄外に、「課題」 や 「参考」 が記載されていますが--、お薦めです (ただし、絶版かもしれない)。



 

 ▼ 入門用、あるいは初級向けの学習用副読本

 ● 有職故実 日本の古典 (角川小辞典 17)
  室伏信助・小林祥次郎・武田友宏・鈴木真弓 編、角川書店

 ● 新詳説 国語便覧、中洌正堯・長谷川滋成・花田俊典・竹村信治 編、東京書籍
  [ 高校生用の副読本 ]

 ● ビジュアル解説 原色シグマ新日本文学史、秋山 虔・三好行雄 編著、文英堂
  [ 高校生用の副読本 ]

 

[ 読みかた ] (2005年10月 1日)

有職故実の辞典は、是が非でも (少なくとも)、1冊を、てもとに置いておくべきでしょう--古文の学習が、ややもすれば、ことば の翻訳のみに注がれて観念的になって、古人の生活・風俗に対する具象性を欠落する危険性が高いので。たとえば、「源氏物語」 の 「昼顔」 を、現代の 「昼顔」 として想像するのは、間違いです。そういう間違った読みかたを、「現代的な解釈」 というふうに云うのは、単なる 「でたらめな」 読みかたであって、古典に対する冒涜です。
「有職故実 日本の古典 (角川小辞典 17)」 の 「はしがき」 は、以下のように綴られています。

   平安時代に成立した 「源氏物語」 の背景を知るために鎌倉時代に制作された 「紫式部日記絵巻」 を参照する
   のは、厳密を期するならば、不適当です。まして江戸時代の考証家が推定して描いた絵図類などには、ほとんど
   使用にたえないものがたくさんあります。(略)

   また、有職は 本来 平安時代の公家有職と鎌倉・室町 時代の武家有職とを対象とするものですが、本書では
   上代から近世までの有職的なことがらというふうに広義に枠を広げてあります。それは、古典を通して、より
   豊かな イメーシ゛ の世界を築くための座右の書たらんとした本書の意図から出たもので、図録類と専門書との中間
   をゆくものとして、とりわけ実用性を重んじました。

古人の生活・風俗を具体化するのであれば、少なくとも、服飾・調度・住居に関する知識を学習しなければならないでしょうし、さらに、自然環境 (木・花・草、獣・鳥など) や社会 (行事、芸能娯楽、貨幣、武具、交通手段など) も学習しなければならないでしょう。色に対する感覚も、古人と現代人では、微妙に違うようです。
古人の魂を招魂して、古人の生活を 「生々しく」 再現することは、愉しみの 1つですね。こういう感覚がなければ、「愛国」 と云われても、ただ、観念的な スローカ゛ン (propaganda slogan) に堕落してしまうでしょう。テレヒ゛ 番組の時代劇では、ときどき、「物語」 を作品として構成するために、劇的効果を狙って、時代考証を (わざと) 無視していることがあるようです。古人の認 (したた) めた原典を読みながら、古人の生活を想うというのは、愉しみのなかでも、最上の愉しみの 1つでしょうね。




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