2005年12月16日 作成 文を綴るための辞典 (漢和辞典) >> 目次 (作成日順)
2010年12月16日 補遺  


 
 TH さん、きょうは、「文を綴るための辞典 (漢和辞典)」 について考えてみましょう。

 
漢和辞典を、もっと、使おう。


 漢和辞典を、日頃、使う人は少ないのではないでしょうか。そう言っている 私も、漢和辞典を、いくつか所蔵している割には、ほとんど、使わない (苦笑)──どういう漢和辞典を 私が所蔵しているかという点は、171ページ を参照して下さい。

 (日本語の) ことばの意味を調べるときに、漢和辞典を使わないで、国語辞典を使うのがふつうでしょうね。そして、文を綴る際にも、漢和辞典を使わないで、国語辞典を使うでしょう。しかし、日本語の特質を考えてみれば、漢和辞典を、もっと、使ったほうが良いのではないかと 私は反省しています。

 というのは、漢字が わが国に伝来したのは 3世紀頃ですが、それ以後、今に至るまで、わが国では、漢字と (それをもとにして作られた) 仮名を併用して思想を記述しています。いっぽう、中国語は、言語学上、孤立語と云われて、1つずつの単語を一定の順に並べて文意を示します。たとえば、高校生の頃に、漢文として習いましたが、「我老 (我、老いる)」 や 「読書 (書を読む)」 では、「我」 が主格であり、「書」 が目的格であることは、これらの語の位置が示しています。そのために、中国の文を日本語として記述するには、( ) のなかに示したように、助詞や活用形を補わなければならない。助詞や活用形は、古代では、上代特殊仮名遣として、「読み」 を漢字で記述していました (31ページ を参照して下さい)。こうした訓読は、奈良時代の終わり頃には、今日に近い文-構造になっていたそうです。

 そういう言語構造をもつ日本語では、「漢字と仮名の使い分け」 という表記上の問題点が悩ましい点になりますね。たとえば、「目出度い」 という語は、(明治時代の小説には記されているのですが、) 現代の日本語では、使用しないと されています。「目茶・滅茶 (めちゃ)」 も、そうです──「目茶を言う」 という表記は使用しないと されています。
 記法に関する・こういう考慮点は、国語辞典にも記されていますし、国語辞典のなかには、漢字項目を独立した欄として記載して、筆順を示していることもありますので、漢和辞典を、特段、使わなければならないという訳にはならないでしょうね。

 
字源と国字を扱っている漢和辞典を使えば良い。


 漢和辞典の特徴は、字源にあると思います。本格的な字源辞典を、私は所蔵しているのですが、ふだん使うには、以下の 2点を優先している 「学習用」 漢和辞典が良いですね。

 (1) 収録語いは、漢文のみではなくて、日本語のなかで作られた漢字 (国字) を扱っている。

 (2) 字源を簡潔に言及している。

 
 漢和辞典が 以上の 2点を考慮していなければ、ふだん、使わないでしょうね。
 これらの点を配慮した漢和辞典として、私が机の横に常備しているには、以下の辞典です。

   新漢和大字典、細見佐熊 編著、文進堂

 たとえば、「恋愛」 を漢和辞典で調べてみて下さい。国字を対象にしていない漢和辞典には、このことばは記載されていないでしょう。新漢和大辞典は、国字も対象にしていますので、「恋愛」 を記載しています。

 
字源・語根を起点にして概念を秩序立てるには、漢和辞典が役立つ。


 新漢和辞典を使って、「仕」 を調べてみましょう。

    [ 字源 ] 形声。士が音を示す。これは、事からきており、官につかえつとめることをあらわす。
    [ 意味 ] (1) 目上の人のそばにいて用をする。官につく。けらいになる。つかえる。「給--・--官・奉--」
          (2) 動詞 「する (為)」 の連用形 「し」 にあて動詞として用いる。「--上げ・--入れ・--事・--掛」
    [ 人名 ] まなぶ

 「学習用」 漢和辞典に記載されている語いは、わざわざ、漢和辞典を使って意味を調べなくても、ほとんど、理解できる語いなのですが、漢和辞典の強みは、その漢字を語根とする語いを一覧できる点でしょうね。たとえば、新漢和大辞典では、以下の語いが記載されています。

   仕合い、仕上がり、仕上がる、仕上げ、仕上げる、仕合わせ、仕入れ (--先、--品)、仕入れる、仕打ち、
   仕置き、仕送り、仕納め、仕返し、仕替える、仕掛け(--花火)、仕掛ける、仕方(--ない)、仕勝ち、
   仕兼ねる・為兼ねる、仕官、仕儀、仕着せ、仕来り、仕切り(--金、--状、--直し)、仕切る、仕草・仕種、
   仕組み、仕組む、仕事(--着、--師、--場)、仕込み(--杖)、仕込む、仕損じ、仕損じる、仕度、
   仕出し(--屋、--料理)、仕出す、仕立て(--上がり、--下ろし、仕立券、仕立物、仕立屋)、
   仕付け(--糸)、仕付ける、仕手(--株)、仕出かす、仕遂げる、仕留める、仕舞(--扇)、仕舞い、
   仕舞う(--った)、仕向け、仕向ける、仕様(--書き、--が無い、--ことなしに)、仕分け、仕訳(--帳)、
   仕業、▼仕出・奉仕・給仕、仕える、仕る、▼宮仕え

 これらの語いを一覧すれば、「仕」 の語感を理解できますね。
 ちなみに、能・狂言で主人公の役、あるいは その役をする人を、現代では、「シテ」 というふうに片仮名書きにしますが、漢字では、「仕手」 と綴ります。つまり、動詞 「する (為)」 の連用形 「し」 にあて、行為者を示しています。能で、演舞用の衣装を着用しないで、囃子 (鳴り物) のない、謡いだけで舞う略式の舞を 「仕舞」 というのも理解できますね。ほかの例として、「仕合わせ」 は、「まわりあわせ、運」 のことで──たとえば、「仕合わせが悪い人」 というふうに使いますが──、転じて、「幸運、さいわい、幸せ」 を意味します。しかし、もし、「しあわせが わるい ひと」 というふうに、話し ことばのなかで、音のみで示されたら、言いかたとして──ことばの使いかたとして──、奇妙に感じるかもしれないですね。

 「仕組む」 「仕損じる」 や 「仕出す」 が漢字で表記されても違和感がないのに、「仕出かす」 「仕遂げる」 や 「仕留める」 が漢字で表記されたら違和感があるのは、たぶん、「仕組み」 「仕損じ」 や 「仕出し」 というふうに、名詞形がある動詞は漢字で記述されて、名詞形のない動詞は──「する (為)」 の動詞形 「し」 を──ひらがな で綴るのかしら。

 漢和辞典の使いかたは、中学校や高校で、もっと、指導したほうが良いと思います。漢和辞典は、国語辞典・英和辞典・和英辞典に比べて、役立たない──使い道のない──辞典だと思われているのではないでしょうか。字源・語根を起点にして概念を秩序立てるには、漢和辞典は唯一の手段でしょう。



[ 読みかた ] (2010年12月16日)

 取り立てて補足説明はいらないでしょう。





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  佐藤正美の問わず語り