2019年 5月 1日 「3.1 複文と単文」 を読む >> 目次に もどる


 一つの複文 (複合命題) は、いくつかの単文 (単純命題) に解体できる。単文 (単純命題) とは、一つの主語と一つの述語で構成される──主語を英語では subject と云い、述語を predicate と云うので、それぞれの英語の頭文字をとって、S-P というふう略称します。そして、単文 (単純命題) は真・偽を はっきりと問うことができる。S-P を単位にして真・偽を問う手立てとして使われるのが 「真理値表」 です。「真理値表」 は、ウィトゲンシュタイン (哲学者) が考案したと云われています。S-P を単位にして論理を探究する学問領域が 「命題論理」 です。

 T字形 ER法 (データベース 設計法、TM の前身) は、その理論的根拠を 「命題論理」 に置いて作られました。T字形 ER法は、そもそも、コッド 正規形 (E.F. コッド 氏の集合論) を拡張するために意味論を補強して作られました。意味論を補強するために大前提としたのが、「論理哲学論考」 で述べられている 「事態」 の成立・不成立という考えかたです──

 (1) 世界は事実の総計であって物の総計ではない。
 (2) 事態とは諸対象の結合である。
 (3) 対象は単純である。
 (4) 事態は相互に独立である。

 T字形 ER法では、先ず、事態と物とを切り分けました──その考えかたを T字形 ER法では、「event (出来事、行為、取引)」 と 「resource (event に関与する モノ)」 という entity (モノ) の定義にしました。そして、「出来事に モノ が関与する」 という事態を大前提に置きました。その大前提に立てば、「従業員」 entity のなかに 「部門」 entity (の primary-key) を挿入することは妥当ではないということになります。そこで、「従業員」 entity と 「部門」 entity の 「連言」 を一つの事態と見做して、その事態が成立する真理値表を 「対照表」 として記述しました。この考えかたが T字形 ER法の原点です。そして、この考えかたは、事業過程 (購買過程・生産過程・販売過程・財務過程・労務過程) と その管理過程 (購買管理・生産管理・販売管理・財務管理・労務管理) を 「言語分析」 の観点に立って すべて 記述できるように 当初 思われました。しかし、一つだけ どうしても説明できない事態に遭遇しました──その事態が いわゆる 「one-header-many-details (HDR-DTL)」 です。正直言うなら、当時の私は、T字形 ER法が管理過程の記述から事業過程の構造を逆像として すべて 記述できると思い込んでいました。

 「命題論理」 のみでは いわゆる 「HDR-DTL」 構造を説明できないので、その後、私は 「関係の論理」「述語論理」「クラス 論理」 を学習して T字形 ER法の改良に取り組みました。その時の学習過程の報告が拙著 「論理 データベース 論考」 (以下、「論考」) 「データベース 設計論──T字形 ER (関係 モデル と オブジェクト指向の統合をめざして)」(以下、「赤本」) です。「HDR-DTL」 構造は、「『関係』 が そのまま モノ になる」 という事象です (数学的には、ファンクター [ 関数の クラス ] です)。これについては 後日 詳細します (「9.2 実体主義的個体の関係主義的構成」)。

 では、「命題論理」 は事業分析には役立たないのか と言われれば、そんなことは絶対にない。「関係の論理」「述語論理」「クラス 論理」 を加味して T字形 ER法を改良した モデル が TM です。TM では、(T字形 ER法には存しなかった) 「L-真」と 「F-真」 という 2つの 「真」 概念が導入されました──「L-真」 というのは導出的な真で、「F-真」というのは事実的な真です。つまり、「L-真」 は論理規則に従って導き出される無矛盾な構成のことを云い、「F-真」 は現実 (事実) と一致していることを云います。数学的には、「F-真」 は 「真とされる値が充足される」 ことを云いますが、事業を対象にした モデル では、それだけではなくて、「現実の事業構造 (事態) と一致している」 ことも要件 (必要条件) となります。この蓋然的推論 (事実的な真) を験証するには、真理値表が やはり 役立ちます。TM では 「L-真」「F-真」 を導入したので、モデル の 作成手順は次のように構成されました──

    合意された語彙 (記号化) → 構文論 (L-真の構成) → 意味論 (F-真の構成)

 T字形 ER法には、この構成への移行ができるような手順が用意されていました──T字形 ER法では、「L-真」 の構成のことを tentative modeling と云い、「F-真」 の構成のことを sematic proofreading と云っていました。しかし、T字形 ER法は、いまだ データベース 設計としての性質が強かった──その端的な例が 「ターボ・ファイル」 という 「妙な」 ファイル の存在を認めていました。「赤本」 (TM バージョン 1.0) では、「ターボ・ファイル」 は 一切 出てこない。それはそのはずで、モデル が 「現実の写像」(現実的事態を論理形式で記述した構成) であれば、「ターボ・ファイル」 などという モノ は存在しない。

 本節の後半 (「3.1.4 単文の真理値と『T-文』」 以降) では、「合意された語彙」 (記号化) を集めて モノ を生成する技術を説明していますが、ここで注意してほしい点は 「T之字」 の左側・右側の役割です。先ず 右側は、「集める」 (集合) としての条件を記述しています。そして、左側は、「並べる」 (関数) としての役割を担い、右側の情報を示す付加語 (××番号・××コードを使う個体指定子) であって、事業構造を構成するための礎石であるということです──右側が事業構造に関与することは有り得ないということ。つまり、「T之字」 の左側は 「並べる」 (関数)、右側が 「集める」(関数の変項) ということです──数学的には f (p1,・・・, pn)、f が 左側で p が右側ということ (第一階の述語)。そして、TM は更に f のあいだの構成 (事業構造) を考えます──すなわち、f を変項にした関数 g (f1,・・・, fn) を考えています。この関数は数学的には第二階になりますが、実務的には f は ××番号・××コード で記述され、値 (実データ) をもつ第一階とみなすこともできます。

 コッド 正規形は、世の中 (事業) は すべて 記号化されているという前提で、それぞれのタプル f (p1,・・・, pn) を考えています。したがって p は 本来 「全順序」 であるのですが、現実には p が すべて 「全順序」 ではないので、f を 学術的な 「関係 (関数)」(relation) と呼ばないで 「関連」(relationship) と呼んでもいいとしています──例えば、従業員名称と従業員住所では、値の大小関係で並べられない。T字形 ER手法も、当初、その呼称を継承して、「リレーションシップ (関連)」 という用語を使っていましたが、TM では逆に 「関係 (リレーション)」 を使う。というのは、事業構造を記述する関数 g (f1,・・・, fn) において、TM では値の大小関係を前提にして 「event (出来事、行為、取引」 を定義したからです (event に関与する モノ は、event の補集合としていて、「定義」 していない点に注意してください)。私が TM を説明するときに 「TM は コッド 正規形を前提にしているが、コッド 正規形よりも階が一つ上に上がっている」 というのは、そういう理由です。 □

 




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