2020年 6月 1日 「6.2.1 関係の反射性・対称性・移行性」 を読む >> 目次に もどる


 「いざない」 の本文で述べているように、この節の主要概念は、(事業分析・データ 設計のための) モデル 技術にとって、「『関係』 の対称性・非対称性」 です。そして、その前提にあるのが、「5.2.2 最大最小・極大極小・上限下限および整列集合」 の節で述べた 「ツォルン の補題」 です。すなわち、「ツォルン の補題」 と 「『関係』 の対称性・非対称性」 を前提にして、TM の 「『関係』 文法」 が正当化されています。ただし、これらが TM の文法を すべて 構成している訳ではない点を注意しておきます、というのは 「『関係』 文法」 の核となる 「出来事 (event) に モノ が関与する」 という文法は、どうしても 「数学的には」 証明できない──現実的事態では、「出来事 (event) に モノ が関与する」 ということは自明ですが、事象であれ事物であれ、数学では それらは無定義語としての 「項」(変数 x, y, z,・・・、および関数 f (x), f (y), f (z),・・・) であって、事象 (event) とか事物とかという範疇はない。敢えて言うならば、モノ x, y, z,・・・ が互いに関与して [ すなわち、関係 (関数) を組んで ] f (x, y) となったのが意味論上 「出来事 (event)」 として 「解釈」 できるけれど、厄介なことには、実 データ としては f [ たとえば、受注番号など ] も x, y [ たとえば、顧客番号、商品番号など ] も同じ階において扱われているということなのです。

 出来事 f だけを考えれば、「ツォルン の補題」 と 「『関係』 の非対称性」 を前提にして、全順序で集合を並べることができる。しかし、受注番号を個体指定子にして生成される 「受注」 f には、同じように番号を個体指定子にして生成される 「顧客」「商品」 x, y が関与している、という点を構文論上で説明できるかという問題です──モデル TM では、次のように記述されます。

    受注 { 受注番号、顧客番号 (R)、商品番号 (R)、・・・ }。

    顧客 { 顧客番号、・・・ }。

    商品 { 商品番号、・・・ }。

 受注 f は階が一つ上であるにもかかわらず、{ 受注番号、顧客番号 (R)、商品番号 (R)、・・・ } という同じ階での扱いが妥当であるという構文論上の規約 (真理条件ではなくて、正当性条件のことです) は何か、という問題点です。私には、この説明ができていない [ できない ]──この文法が正しい [ 妥当である ] と唯一言えるのは、意味論上 「現実的事態 (事業過程、管理過程) では、そういうふうに扱われている」 というしかない。そうであれば、現実を写像する関数 [ 文法 ] として、「出来事 (event) に モノ が関与する」 という前提 [ すなわち、公理 ] を置くしかない。しかし、この文法の説明を構文論として私は納得している訳ではない。関係主義的に云えば、「モノ が存在するということは、関数 [ 関係 ] のなかの変数に成り得ることである」 という考えかたに抵触する。だから、TM の理論として タイプ 理論を導入しようかとも考えたときもあったけれど、タイプ 理論では f が x, y と同じ階で扱ってはいけない── f を x, y と同じ階であつかえば、周知の パラドックス が起こる、それを回避するために ラッセル 氏は タイプ 理論を作ったのだから。したがって、TM では タイプ 理論を導入しなかった。寧ろ、タイプ 理論に反対した ウィトゲンシュタイン 氏の考えかた (「言語に階はない」 という考えかた) を T字形 ER法 (TM の前身) は前提にしました。しかし、ウィトゲンシュタイン 氏の考えかたを全面に出せば、いわゆる 「one-header-many-details」 の合成関数 [ クラス 的に云えば、ファンクター、すなわち 「『関係』 が そのまま モノ になる」 という現象 ] を説明できない。

 「出来事 (event) に モノ が関与する」 という文法は、数学的には 「全順序を構成する整列集合と、半順序を構成する集合のあいだに 『関係 (関数)』 を生成しようとすれば、すべての集合を半順序として扱う (全順序は半順序の部分集合である [ ツォルン の補題 ])」 ということになりますが、そうすれば 事業分析が難しくなる (その例が P. チェン 氏の ER 図です)。全順序の出来事 (事業過程) と半順序の モノ とのあいだには、関係主義を尊重すれば、「出来事に モノ が関与する」 という文法を適用したほうが──実際、現実世界では、そうなっています──事業を分析しやすい。

 事業分析を目的とする モデル では、「ツォルン の補題」 と 「『関係』 の対称性・非対称性」 との調整は かくも悩ましい問題なのです。この問題を本格的に取り組もうとすれば、「論理 データベース 論考」 の哲学版を執筆することになるでしょう──私には荷が重すぎる、正直に言えば、私ごときの才識では執筆できないでしょうね (苦笑)。現時点では、せいぜい 「出来事に モノ が関与する、自明ではないか」 という説明で止めておきます。「『関係』 の対称性・非対称性」 は 「いざない」 の本文を読めば わかるでしょうし、「いざない」 の本文では、上述したような悩ましい問題を綴ってはいないけれど、TM の 「関係」 文法の根底になっている 「『関係』 の対称性・非対称性」 の ウラ には、ことさように悩ましい問題が存るのです。この問題点は、「いざない」 の 「9.2. 実体主義的個体と関係主義的構成」 で 若干 言及しています (後述)。 □

 




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