思想の花びら 2018年 9月15日


 ●  アラン (哲学者) のことば

  デカルト を理解するために僕らに不足しているものは、常に知恵である。見たところ明瞭で、模倣も容易なら反駁も容易なようだ。しかも、いたるところはほとんど底のしれない感じだ。おそらくだれもこれほどみごとに、おのれのために思いをこらしたものはなかった。あんまり孤独すぎるかもしれない。語っているときの彼はことに孤独だ。彼の言葉は、なにごとも吹聴しない、世のならわしどおりの言葉だ。デカルト は、自分の宗教も情熱も性癖も、ただ一つの言葉さえつくりだしはしなかったが、そういうものはみな一体となって、すべて内からの光に照らされ、あの癖のない自然な言葉に乗って僕らに伝わる。言葉の意味を変えるどころか、一語一語のすべての意味を同時に悟った。人間が当然すべきことをしたまでだ。

 



 ●  亀井勝一郎 (批評家) のことば

  世の中には妙な人がゐて、救世観音をみると、あれは朝鮮からの輸入品だといふし、御物を拝すると、これは支那の工芸品だと云つて得得としてゐる。だが輸入自身に意味があるのではない。いかに享けいれ、愛し、信じ、わがものとしたか、この直ぐな純潔さに一切があるのだ。

 


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