正義とは平等である。
たいせつなのは試練、すなわち、人生という荒野における修業ということだ。いかに堪えるかが問題なのである。堪えるという言葉は平凡に聞えるかもしれない。しかし堪えるとは祈りを宿した行為である。祈りとは意志の持続である。あるいはその持続の与えられんために祈りがあると云ってもよかろう。