2023年 5月 1日 「2.10 「論理」 は完全であるが、「理論」 は...」 を読む >> 目次に もどる


 ゲーデル が証明した有名な定理は、世上、いわゆる 「完全性定理」(1930年) 「不完全性定理」(1931年) と通称されています──これらの定理は、勿論、論文では正確な名称が付されているのですが、論文の名称は正確ですが長すぎて会話などのなかで引用するときに面倒なので通称が広まっていて、これらの通称が広まったために、論文を読んだことのない人たちが これらの通称から日常で使われている 「完全」 「不完全」 という語のように類推して、ゲーデル が まるで正反対の定理を証明したように思い違いしている人たちがいるようです。

 数学上、「完全」 というのは 「真・偽を証明できる」 という意味であり、「不完全」 というのは 「真も偽も証明できない (証明する公理的手続きがない)」 という意味です。そして、「完全性定理」 では、トートロジー を判断するための公理的手続きがあることを証明されて、「不完全性定理」 では 「完全」 な論理を使った公理系 (無矛盾な公理系) のなかに真とも偽とも証明できない命題を作ることができることが証明されています。真とも偽とも証明できない命題のことを 「決定不能命題 (あるいは、独立命題)」 と云います。

 トートロジー というのは、同語反復ということであって、例えば 「善人は、善い人である」 というように、主語が述語と同一概念から成る命題のことであって、定義上の虚偽ですが、「論理」 上では、真偽いかんにかかわらず真と 「解釈」 されるという恒真性のことをいい、命題論理学において ウィトゲンシュタイン が導入し普及した概念です。トートロジー の反対概念が恒偽 (つねに偽) です。恒偽というのは、(2値論理では) 例えば矛盾律 (A ∧ ¬A、A および A でない) のことです。

 「完全性定理」 では、トートロジー の意味論的完全性が対象になっていて、トートロジー は証明可能であるということです。言い替えれば、「定理」 の集合と恒真の集合は一致する、すなわち 定理であれば恒真であり、かつ恒真であれば定理であるということです。つまり、「論理」 は完全であるということです。いっぽう、「不完全性定理」 で証明されたことは、「論理」 を使った無矛盾な公理系 (「理論」) では、決定不能命題 (独立命題) が存在するということです。つまり、「理論」 は不完全であるということです。

 ゲーデル は、「不完全性定理」 を証明するために、自然数論上の 「論理」 を間接証明に用いて、原始帰納的関数 (42個の関数) を前提にして、「帰納的に可算」 (自然数に対応して並べる) という テクニック を使っています。つまり、「不完全性定理」 は、自然数論上の証明なのです。しかし、世間では、「不完全性定理」 は人知の限界を証明したというような拡大 「解釈」 が罷り通っていますが、ゲーデル は論文のなかで そういうことは一言もいっていない。ちなみに、ツェルメロ (公理的集合論の創始者) や ウィトゲンシュタイン (命題論理の創始者) は、「不完全性定理」 を集合論の パラドックス の一つように意味をとり違えていたようですが、彼らが 「不完全性定理」 を誤解した理由は、彼らが 「範囲を限定した」 集合を起点にしていた (ウィトゲンシュタイン の場合は、集合論や タイプ 理論を認めないという立場にいた) からではないか、と私は想像しています (この辺りの事情を私は詳しく調べていないので、あくまで 私の勝手な憶測ですが)。 □

 




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